親鸞聖人のお歌の心を読み解くサイト

「あなたはこの魂の解決、どうなさいましたか」

Posted on 16th 6月 2010 by はるき in 親鸞の教え

 いよいよ梅雨入りです。じめじめした天気が続きますが、
続けて、親鸞聖人のお歌を通して学びたいと思います。

「力を尽し御房(おんぼう)は
 本願他力を説きたまう

 聖人たちまち直入(じきにゅう)の
 真心決定(しんじんけつじょう)ましませり」

 20年間修行なされた比叡の山を捨てられ、
一大事の後生に苦しみ悩まれた親鸞聖人は
京の町を夢遊病者のようにさまよい歩いて
おられました。

 その時、京都の四条大橋で、旧友・聖覚法印に
出会われたのです。

聖覚法印
「おや、親鸞殿ではござらぬか」

親鸞聖人
「おお、あなたは、聖覚法印さまでは……」

聖覚法印
「やっぱり親鸞殿であったか。いやー久しぶりですなあ」

親鸞聖人
「あなたが山を下りられたことは聞いてはおりましたが、
 お元気そうでなによりです」

聖覚法印
「ありがとうございます。
 親鸞殿、少々お顔の色がすぐれられないようだが」

親鸞聖人
「はい。聖覚殿。肉体はどこも悪くはありませんが、
 親鸞、心の病気で苦しんでおります。
 聖覚殿、あなたはこの魂の解決、どうなさいましたか」

 ここで、親鸞聖人が苦しんでおられた「心の病気」
とはどんなものか。よく知っていただきたいと思います。

 これは親鸞聖人のみ教えを最も正確に、
多くの方に伝えられた蓮如上人が

「無明業障(むみょうごうしょう)の
 おそろしき病」

と仰っている心の病です。

 この病は親鸞聖人だけではなく、
精神科の医師も含め、全人類がかかっている、
恐ろしい病なのです。

 えーっ、私はそんな病気にかかっているの?
と驚かれるかもしれませんが、続けてお話しします。

 この病のことを「後生暗い心」とも言われます。

「後生」とは死んだ後、ということ。
「暗い」とは蛍光灯などが消えて部屋が暗い、
という暗いではなく、
「分からない」「ハッキリしない」ということです。

 インターネット、ケータイに暗い、とか聞きますよね。
その「暗い」はインターネット、ケータイのことはよく分からない、
という意味で使われているのです。

 ですから、「後生暗い心」とは死んだ後、
どうなるか分からない心、ということ。

 死んだ後は有るのか、無いのか、
 有るとしたらどうなっているのか、
 サッパリ分からない心を
「後生暗い心」と言われるのです。

 死ねば人間はどうなるのでしょう。
死んだら死んだ時さ、と思えるでしょうか。

 老後の心配をしている人もあると思います。
年金はもらえるのだろうか、生活できるのだろうか。
介護してもらうとなると大変だ。

 私を含め、人の行く道ですから、心配したり、悩んだり、
準備したりしている人が多いのでは、と思います。

 いや、もう少し近い将来の心配で
めいっぱい、という人もあると思います。

こういう投稿が新聞にありました。

「新婚夫婦です。生活費のほかに、
 将来の蓄えも必要になると思いますが、
 何から始めればよいのですか」(『読売新聞』)

 この投稿に対して、ファイナンシャルプランナーが
将来のライフプラン(子供、車、マイホー等ム)を考えて、
預金を始めることを勧めます、と回答していました。

 人は誰も、自分の未来どうなるか、心配し、
何か準備しようという気持ちが常にあるのでしょう。
私ももちろんそうです。

 しかし、結婚後の生活、老後のない人はあっても、
死後のない人はないのではないでしょうか。

 今晩死ねば、
誰もが今晩から後生に入っていかねばなりません。

 14日埼玉県で歯治療中の2歳の女の子が、
止血用の脱脂綿を気管に詰まらせ、亡くなっています。

自宅で転んで前歯を損傷したことがきっかけで、
その日のうちに後生へと旅立ってしまうとは……。

 歯科へ連れて行ったその母はとてもその現実を
受け入れられないのではないでしょうか。

「この子はどこへ行ってしまったの?」

心の叫びが聞こえるようです。

 死ねば何もなくなってしまうと心から
思えるでしょうか。

「そんなこと考えたって仕方ないよ。
 死んだら死んだ時さ。

 死ぬことばかり考えていたら
 楽しく生きられないよ」

というムキもあるかも知れません。

 それは真面目な人生観と言えるでしょうか。

 死ねばどうなるか分からない、真っ暗な心に
泣かれた親鸞聖人。私たちも臨終にその真っ暗な心に
泣く時が来るかもしれません。

 その解決が今できるとしたら、どうすれば。

「あなたはこの魂の解決、どうなさいましたか」

 親鸞聖人が聖覚法印に発せられたこの問いは、
私たちの心の底からの問いでもあると思うのです。

「無明業障のおそろしき病」について、
続けてお話ししたいと思います。

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親鸞聖人、夢告から10年。29歳で解けたナゾ

Posted on 27th 5月 2010 by はるき in 親鸞の教え

 一日一日が矢のように過ぎていく今日この頃です。
その矢はいったい、どこに向かって飛んでいるのかなぁと、
忙しいと飛び回っている自分を反省します……。

親鸞聖人のお歌に戻ります。

「六角堂の観音へ 深夜の祈願遂げたまい
 四句の御告(みつげ)と吉水の 法然房を示さるる」

 29歳の時、求道に精も根も尽き果てた親鸞聖人は、
20年間の天台宗の法華経の教えに絶望され、ついに下山を決意されました。

 山を捨てられた親鸞聖人は、後生の一大事の解決一つを求めて、
京都の六角堂の救世観音(ぐぜかんのん)に、百日の祈願をなされたのです。

 六角堂とは、聖徳太子の建立されたもの。

『十年の命』、との聖徳太子の夢告からちょうど10年。

激しい無常と罪悪に責め立てられ、親鸞聖人の求道は決死でありました。

 10年前、聖徳太子の

「そなたの命は、あと、十年なるぞ」

という予告は何を意味していたのでしょうか。

 次のお歌の

「力を尽し御房(おんぼう)は 本願他力を説きたまう
 聖人たちまち直入(じきにゅう)の 真心決定(しんじんけつじょう)ましませり」

のとおり、親鸞聖人は聖徳太子の夢告からちょうど10年後に、
法然上人にお遇いし、真実の仏教、阿弥陀仏の本願を聞かれるようになりました。

そしてその阿弥陀仏の本願によって救い摂られ(真心決定なされ)ました。

親鸞聖人は阿弥陀仏に救い摂られた時に一度死んだ、と仰っています。

それは『愚禿鈔(ぐとくしょう)』という親鸞聖人の著書に、こう書かれています。

「本願を信受(しんじゅ)するは 前念命終(ぜんねんみょうじゅう)なり、
 即得往生(そくとくおうじょう)は後念即生(ごねんそくしょう)なり」(愚禿鈔)

 本願を信受するは、とは阿弥陀仏の本願、お誓いどおりの身に救われて、絶対の幸福になったことを言います。
「前念命終」の前念とは迷いの心のこと。迷いの命が死んだ、と仰っています。

 即得往生とは、即ち往生を得る、ということ。即ちとは「一念」のことです。

「一念とはこれ信楽開発(しんぎょうかいほつ)の時尅(じこく)の極促(ごくそく)をあらわす」
(教行信証)

と仰っていますように、弥陀に救われる極めて速い時間を「一念」と言います。
何百兆分の一秒よりも速い時間です。
往生を得るとは救われるということ。
後念即生とは、明るい心が生まれるということです。
阿弥陀仏から南無阿弥陀仏を賜るということです。

阿弥陀仏に救われた一念で、後生暗い心が死に、後生明るい心が生まれる。
親鸞聖人はこのように、弥陀に救われた時は「心の、臨終と誕生の同時体験」させられる時である、と言われているのです。

 聖徳太子が夢告で「十年余りで死ぬ」とおっしゃったのは、肉体でなく、迷いの心であった、と親鸞聖人は弥陀に救われてハッキリ知らされられたのです。

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続 未来明るい春に……

Posted on 30th 4月 2010 by はるき in 親鸞の教え

今日で4月も終わりですね。

新社会人は会社に、新入生の皆さんは学校での生活に
少しずつ慣れてきて、理想と現実の違いに戸惑っている人も
あるのではないか、と思います。

4月29日(木)の読売新聞の編集手帳に、

「親類の小学生に将来、何になりたいかを聞いたら、「正社員」と答えた――今年一月、本紙の『気流』欄に載った読者の投稿にそうあった。今の世に欠けているものを一つだけ挙げるとすれば「希望」であろう」(『読売新聞』編集手帳の一部抜粋)

とありました。

先日、親鸞会のテレビ座談会で『なぜ生きる』(高森顕徹先生監修)の本を通して聞かせていただいたことを思い出しました。

 奥底からの満足もなく、ぼんやりした不安とむなしさが蔓延しています。
人生の目的を知らされれば、未来に自信を持って生きることができる。人間に生まれてきて良かった、という奥底から満足できる身に現在生きている時にならせていただける。
奥底からの満足は続き、色あせることはないのです。

『なぜ生きる』の3ページには、

「どこにも名答を聞けぬ中、親鸞聖人ほど、人生の目的を明示し、その達成を勧められた方はない」(『なぜ生きる』)

とあります。

 今の世の中を覆う底知れぬ不安を、未来への自信に変え、たくましく生き抜く力を与えて下される親鸞聖人のみ教えこそ、今の世にかけているもの、と思わずにおれません。

 この連休こそ、世界の光である親鸞聖人のみ教えを学び、有縁の方にお伝えする、そういう勝縁とさせていただきたいと思います。

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親鸞聖人の教えを学び、未来明るい春に……

Posted on 29th 3月 2010 by はるき in 親鸞の教え

 春が近づいているとはいえ、まだ寒い日が続いている
今日この頃です。

先日、テレビで考えさせられる番組がありましたので、
紹介します。

番組の始めから「語り」に問いかけられます。

“ちょっと想像してみてください。

もしもあなたが意識がはっきりしているのに

目を開けることも
話すこともできない
体を動かすことも全くできない

そんな状態がずっと続くとしたら
どうしますか。

「TLS 完全な閉じ込め状態」

究極の生命を生きる人がいます。

 難病が進行し、体をまったく動かすことができず、まぶたも開けることができません。しかし、意識や感覚は残っていて、音を聞くことも、考えることもできます。

 意志を伝えることができない暗闇の世界にひとり生きています”

「NHKスペシャル 命をめぐる対話
 “暗闇の世界”で生きられますか」より

 皆さんは想像できるでしょうか。

 脳梗塞などの脳の病気や事故によって、運動の機能が失われることで起こる「完全な閉じ込め状態」、「閉じ込め症候群」の方々についてのドキュメンタリーでした。

 人工呼吸器や人工栄養摂取などの医療の発達により、こうして生きている患者が増えていることに驚きました。

 そんな病気に自分がなったらどうなるのだろう。

 命とは何か、生きるって何か、そう自分に問わずにおれませんでした。

 真っ暗で話せない。体が動かない。しかし、聞くことはできる、痛みは感ずる。
それは精神的な死を意味するから死なせてほしい、とある患者は訴えます。

 その意志を止められる人はあるでしょうか。家族は涙ながら、その願いを拒むことができないと訴えていました。

 健康で、家族にも恵まれ、仕事も人一倍できた人が突然、「閉じ込め症候群」になったように、今まで当たり前のように生きてきた、そのすべてが崩れ去る時が誰にでもくるのではないでしょうか。

 その時に間違いない、と思っていたすべてが、明かりにならない現実にぶち当たるのではないでしょうか。

 親鸞聖人のみ教えを正確に教えられた、
蓮如上人のお言葉を思い出しました。

「まことに死せんときは予てたのみおきつる妻子も財宝も
わが身には一つも相添うことあるべからず、
されば死出の山路のすえ・三塗の大河をば
唯一人こそ行きなんずれ」

 これは一部の人だけじゃない。私も含め、すべての人の100%確実な未来であるのです。

 その行く先に真っ暗な心を後生暗い心といいます。「完全な閉じ込め状態」になった方の心だけが、暗いのではありません。すべての人が後生が真っ暗な心を抱えているのです。親鸞聖人はその心を「無明の闇」と教えられ、正信偈に

「已能雖破無明闇」(すでによく無明の闇を破すといえども)

と仰有っています。

 生きている今、無明の闇を破っていただくことができるのだ。
人間に生まれてきて良かった、というゴールがあることを
教えていかれたのが親鸞聖人なのです。

 どんなに苦しくとも生きなければならない決勝点を
親鸞聖人ほど、明らかになされた方はありません。

 真に生きる道を開示された親鸞聖人のみ教えを、
真剣に学ばせていただきたい、と強く思いました。

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往生の一路は平生に決す

Posted on 14th 2月 2010 by はるき in 親鸞の教え

 まわりの雪は少しずつとけ始めているようですが、
春の訪れを楽しみに待つ今日この頃です。

 「往生の一路」という詩吟を親鸞会の知人から
聞かせてもらい、その意味を教えてもらいました。

 詩吟も、またその内容も強く心に残り、
深い深い哲理がこめられているような感じがして
もっと意味を知りたい!聞きたい!と思ったんです。

「往生の一路」とは次の歌です。

「往生の一路は平生(へいぜい)に決す
今日(こんにち)何ぞ論ぜん死と生とを
蓮華界裡(れんげかいり)の楽を快(たの)しむに非ず
娑婆界(しゃばかい)に還来(げんらい)して
群生(ぐんじょう)を化(け)せん」

 親鸞聖人のお歌、ではないですが、
江戸時代(200年ほど前)の法霖(ほうりん)
という浄土真宗の学者が臨終に詠んだものだそうです。

 蓮如上人以来、親鸞聖人の教えに関して
ダントツの学者、とお聞きしました。

 難しい言葉ではありますが、
分らせていただいた意味を少しなりと
お伝えしたいと思います。

「往生の一路」とは
いつ死んでも極楽参り間違いない、
ということ。

「平生に決す」とは
それは平生にハッキリするのだ。

 弥陀の救いは平生の救いであり、
平生、生きている時にハッキリする、
ということです。

 平生業成の教えをここで
言われているのです。

 平生業成とは親鸞聖人の教えのすべてを
漢字四字であらわした一枚看板と言われる
言葉です。

『なぜ生きる』という本には次のように
書かれています。

「平生」とは「現在」のこと。
人生の目的を「業」という字であらわし、
完成の「成」と合わせて「業成」と
いわれる。
「平生業成」とは、まさしく、
人生の目的が現在に完成する、
ということだ。(『なぜ生きる』4ページより)

とあります。

人生の目的とは
苦しくともなぜ生きるのか、ということ。

人は何のために生きるのでしょう。

家族のため、仕事のため、
バンクーバー五輪で金メダルをとるため、
ノーベル賞のため、いろいろ思い浮かぶ人も
あるでしょう。

あなたはそのために生まれてきたのでしょうか。
辛く苦しくとも生きねばならないのでしょうか。

もしあなたが太平洋の真ん中に放り出されたら
どうしますか?

空と海しか見えない大海に一人、投げ出された。

「泳ぐしかない」

それではどこに向かってでしょうか。

体力には限りがあります。一生懸命泳いでも
その先に陸地や船がなければ、溺れて死んでしまう。

一生懸命泳ぐことが良いこととは言えない。
どこへ向かって泳ぐのか。泳ぐ方角が最も大事では
ないでしょうか。

生きることも同じです。
方角を知らず、一生懸命生きても
暗い一生で終わってしまう……。

 親鸞聖人90年の生涯は

生きる目的がある。それは生きている時に完成できる。
だから早く達成せよ、という
「平生業成」の教え以外にありませんでした。

そのことを法霖は
「往生の一路は平生に決す」と
歌われたのでしょう。

 そして平生業成の教えをハッキリ知らされた
法霖は次にこう断言されています。

「今日何ぞ論ぜん 死と生とを」

「今日、私は死ぬ。しかしもう問題ではない。
死んだらどうなるか、ということ、そして
苦しくともなぜ生きるか、ということも」

 何という信念でしょう。
臨終にこのようなことが言えるのは
往生の一路が平生に決した人だけと
思わずにおれません。

 親鸞聖人のみ教えを聞き、
このような身に一日も早くならせていただきたいと
思いました。

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 「念仏」に三通りある!

Posted on 27th 1月 2010 by はるき in 親鸞の教え

 1月も、あっという間でした。

 ブログを書こう、と思った時に一番感じることは
月日がたつのは速い、ということばかり……。

 年末は帰省の準備やら雪かきやらで
一生懸命だったのですが、はや一カ月が
過ぎてしまいました。

 その間、親鸞聖人のお歌を学ぶ私にとって、
皆さんにも知っていただきたい、
ということがありましたので、少しお話しします。

 親鸞会のテレビ座談会というご縁にあい、
聞かせていただいたことなんです。

 親鸞聖人は「念仏に三通りある」
と教えておられる、ということです。

 まず、
親鸞聖人が教えられる「念仏」とは何でしょう?

 口で“南無阿弥陀仏”と称えることであり、
口声(くしょう)の念仏とも言われるそうです。

 それに三通りあるって、どういうこと?

 発音の仕方?アクセントの違い?称える場所で分かれる?
疑問は深まるばかり……。

 『歎異抄』には、“念仏”という言葉が20以上書かれて
いるそうです。

 『歎異抄』と言えば親鸞聖人、
親鸞聖人と言えば『歎異抄』と言われほど、
有名ですよね。

 高校の倫理道徳の授業でも『歎異抄』について
学んだ記憶があります。

 念仏に三通りあることが分からなければ、
歎異抄に書かれている“念仏”の意味が分からない。
だから「歎異抄の謎」は解けないのです!

 それは大変だ、知りたい!と思いました。

たとえば『歎異抄』第七章には

「念仏者は無碍の一道なり」

とあります。

 これは口で“南無阿弥陀仏”と称えている、
すべての人と思いますが、しかし、そうではないのです。

 物質的に同じ涙でも、“くやし涙”もあれば、
“悲し涙”、“うれし涙”もありますよね。

 くやし涙ならば青色、悲し涙ならば赤色、
うれし涙ならば黄色、ということはないです。

 涙が口から、いや鼻から出てくる、ということも
ありません。同じ色で、同じ眼から出てきます。

 では、くやし涙もうれし涙もまったく同じでしょうか。
いや違うものがある。それは心です。
心が違えば、涙の意味も違ってくるのではないでしょうか。

 ちょうどそのように、念仏を称えていても
心の違いで三通りある。三通りに分けて
教えられた方が親鸞聖人なのです。

 えーっ!?それ、ホント?念仏ってみんな
同じでないの?と目を丸くする人もあるのでは?
私も丸くなりましたもの。

 皆さんが念仏を称えるのは、
どんな時でしょう。

 夜中に墓場を通らねばならない時、
あまりにこわくて、思わず称えた経験はありませんか?

 十数年前、高校の部活の合宿で
肝だめしがありました。

 夜中に墓場(結構長い道)を一人で歩いて、
途中で先輩が現れて、1年生をビックリさせるのです。

 1年生の時もこわかったですが、先輩になって、
ずーっと墓場で一人、1年生を驚かすために待機しなければ
ならない時のほうが私はこわかったです……。
 その時、思わず知らず念仏を称えていました。

 魔除け心の念仏と言えるでしょうか。
恐怖から助かりたい、悪い結果が来るのを
恐れて称える念仏でしょう。

 称え心を最も重視なされた
親鸞聖人は念仏をどのように分けられた
のでしょうか。

 次の三通りであると
聞かせていただきました。

・万行随一(まんぎょうずいいち)の念仏
・万行超過(まんぎょうちょうか)の念仏
・自然法爾(じねんほうに)   の念仏

 さて、あなたはどの念仏を称えていますか?
と親鸞聖人は問いかけておられるのです。

 えーっ!?自分はどの念仏だろう?
三通りに分けられたその御心をお聞きしたい、
と思いました。

つづく

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下山の決意

Posted on 19th 12月 2009 by はるき in 親鸞の苦悩

 12月は師走といわれるように、何かと忙しいです。やるべきことが満載、いや終らない、
という感じがするのは私だけでしょうか……。

 なぜ「師走」と言われるのかと調べると、お経をあげるために師僧が
東西を馳せ走る月であるから、という説があるそうです。

 15日から年賀状の受け付けが開始されました。

ああ、お世話になった方々に書かなきゃ、と心はあせります。
車検も受けなきゃ、
家の大掃除もしなきゃ、
実家(両家)に帰る段取りを決めなきゃ、
と、きゃ、きゃ、きゃーっと走り回って今年も終わってゆく……。

毎年同じ事を繰り返し、あっという間に5年、10年……と
経っていくのですね。

今日やるべきことは明日に残さぬ、悔いを残さぬ、
そんな一日一日としたいと思います。

 前置きが長くなりました。早速、前回の続きをお話しします。

 ある満月の夜。親鸞聖人は比叡山から、琵琶湖を見下ろされて……。

親鸞聖人「ああ、あの湖水のように、私の心はなぜ静まらないのか。
     静めようとすればするほど散り乱れる。

     どうして、あの月のようにさとりの月が拝めないのか。
     次々と煩悩の群雲で、さとりの月を隠してしまう。

     このままでは地獄だ。この一大事、
     どうしたら解決ができるのか……」

『歎徳文』という古書に、当時の親鸞聖人の生々しい苦闘が記されています。

「定水を凝らすといえども、識浪しきりに動き、心月を観ずといえども、
 妄雲なお覆う。しかるに、一息つがざれば、千載に長うゆく。
 なんぞ、浮生の交衆をむさぼって、いたずらに仮名の修学に疲れん。
 すべからく勢利をなげうって、ただちに出離をねがうべし」(歎徳文)

「定水を凝らす」とは、波一つない、静かな水面のような心になろうとすること。
「識浪」とは心の波のことで、「識浪しきりに動き」とは欲や怒りの心が絶えず
逆巻くことを言われています。

 親鸞聖人は深夜、琵琶湖の湖水を眺められ、静まらぬ、
押さえられぬ心に泣かれました。

「心月」とはさとりのこと。「妄雲」とはみだらな心、
さとりを得るのを妨げる悪い心を言います。

 涙にくもる眼を天上にうつすと、月はこうこうと冴えている。
しかし親鸞聖人の心の天は煩悩の群雲に隠され、さとりの月が拝めない。

 こんな暗い心のままで、死んでいかねばならないのかと思うといても
立ってもおれない、親鸞聖人の苦悩が痛いほど伝わってきます。

親鸞聖人「果たして、この山に私の救われる道があるのだろうか。

     煩悩に汚れ、悪に染まった親鸞を導きたもう大徳は
     ましまさんのか……」

 がっくりうなだれ、大乗院への道を、帰ってゆかれる聖人。
足取りは重い……。堂内に入り、合掌。決意して、立ち上がられ、
笠と杖を手に取って、出てゆかれる……。

 求道に、精も根も尽き果てられた聖人は、
二十年間の天台・法華の教えに絶望なされ、ついに、
下山を決意せられたのでした。

つづく

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聖人の苦悩

Posted on 18th 11月 2009 by はるき in 未分類, 親鸞の苦悩

 急に冷え込んできましたね。こんな季節にはあったかーい、鍋料理がいいですね……。

 さっそく前回の続きをお話しします。

 親鸞聖人は9才の時に、死ねばどうなる、の後生暗い心の解決のために比叡山・天台宗の僧侶となられました。

 天台宗は、釈尊の説かれた法華経の教えに従い、戒律を守り、煩悩と闘ってさとりを得ようとする教えです。

 その修行は峻烈を極め、聖人のまさに命を懸けての難行が始まったのです。

 その時のことが「親鸞聖人のお歌」では次のように歌われています。

大曼行(だいまんぎょう)の 難行(なんぎょう)は
事(こと)なく成(な)され 給(たま)いしも
吾等凡夫(われらぼんぶ)の さとりには
叶(かな)わぬものと 百日(ひゃくにち)の

 修行に打ち込まれるほど、逆巻く煩悩が知らされ、苦しまれる聖人。

親鸞聖人「人間は、煩悩に汚れ、悪しか造れない。
     だから後生は地獄と釈尊は仰有る。私の心の中にも、
     欲望が渦巻き、怒りの炎が燃え盛り、
     ネタミ・ソネミの心がとぐろを巻いている。どうすれば、
     この煩悩の火を消し、後生の一大事を、
     解決することができるのか。どうすれば……!」

 難行苦行に打ち込まれ、叡山の麒麟児と誰もが褒めたたえるほどの聖人でしたが、後生暗い心の解決はならなかったのです。

 そして前回、前々回とお話ししましたように、恋わずらいに悩まれ、平家の落ち武者たちにスッパ抜かれた自らの醜い心にますます苦しまれたのです。

 またその頃、こんなことがありました。

 上辺は取り繕うことができても、心で作る悪だけはどうにもならぬと苦悶され、修行されていた堂を飛び出される。そして庭の木に駆け寄り、頭をガンガンと打ち付けて、そのまま、根元にうずくまってしまわれた。覚明房が帰ってきて、聖人の様子に驚き、駆け寄り尋ねました。

覚明  「親鸞殿、どうなされた?」

親鸞聖人「ああ、覚明殿か。この親鸞ほど、浅ましい者はない」

覚明  「何を言われる。親鸞殿ほど、仏道一筋の方は外にあるでしょうか」

親鸞聖人「覚明殿。それは、形だけのことだ。心は、醜いことばかり思い続けている、
     それが親鸞の実体なのだ」

 横にあった杖を取り、差し出されて、

親鸞聖人「そなたに、頼みがある」

覚明  「私のできることなら、何なりと」

親鸞聖人「この杖で、親鸞の腐った性根を、思い切り叩き直してくれないか」

覚明  「な、何を言われる、親鸞殿」

親鸞聖人「煩悩に汚れ切ったこの親鸞を、打って、打って、打ちのめしてくれ。
     頼む覚明殿。もう親鸞は一歩も進めないのだ」

覚明  「それは、できません」

親鸞聖人「頼む、覚明殿、打ってくれ!」

覚明房、一、二歩下がって、平伏し、

覚明「ひたすら自己に厳しく修行なさる親鸞殿を慕って、お側で修行がしたいと
   参った私に、どうして、親鸞殿を打つことができましょうか。
   それだけは、お許しください」

親鸞聖人「覚明殿……。だめか……」

 煩悩から生まれたこの親鸞に、煩悩から離れることができるのか。天台法華の教えに絶望なされ、聖人はやがて下山の決意をなされるのでした。つづく

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恋わずらいに苦しまれる親鸞聖人2

Posted on 30th 10月 2009 by はるき in 未分類, 親鸞の苦悩

 まもなく11月です。11月と言えば、親鸞聖人の報恩講が行われる時期ですね。
報恩講とは何か、少しお話ししたいと思います。

 親鸞聖人報恩講は浄土真宗で、一年の中でもっとも大きな優れた行事です。

 報恩講とはご恩に報いる集まりのこと。

 ご恩とは、どなたのご恩でしょう?

 それは、親鸞聖人のご恩なんです。

 そう言われてもピンと来ない方は、どんなご恩を親鸞聖人から受けているのかを知れば、なるほど、と納得されると思います。

 親鸞聖人のご恩を知るために、親鸞聖人の教えられたことを、前回の話しを続けて、ともに学ばせていただきたいと思います。

 ひょっとした縁で会われた、不思議な女性への恋心に苦しまれる親鸞聖人。恋わずらいは年ごろの人ならばだれでも経験すると思いますが、親鸞聖人は何を問題にされ、苦しまれたのか、私たち一人一人の心を見つめる機会として考えてみましょう。

 聖人、叡山でのご修行中にこのようなことがありました。
ある石仏の前で合掌される聖人の近くを、一晩遊びあかした朝帰りの僧侶たち三人が通りかかりました。

「あー、楽しかったー」
「たまには息抜きも必要じゃわい」
「おっ、あれは親鸞ではないか」
「ん?ああ、あれが、叡山の麒麟児と言われる親鸞か」

 その声に気づき、聖人は三人に一礼されました。

「のぉ親鸞殿。よう頑張られるが、そなたもたまには、息抜きに行ってこられたらどうじゃ」

親鸞聖人「いいえ、私は……」

「そなただってほんとは女子(おなご)が好きじゃろう」
「そなたみたいないい男、『親鸞さま、親鸞さま』と言って女子のほうで離さんぞ」

親鸞聖人「そ、そんな……」(ポッと、赤面された聖人)

「おお、赤くなった。どうやら図星じゃな。そなた、女子のことばかり考えておるんじゃないか」

「んーそうじゃろうなきっと。どうじゃ?」

 聖人は返答に窮してしまわれる。

 僧侶たちはその横を通り抜け、「叡山の麒麟児も、煩悩には勝てず、か!」と笑いながら、通り過ぎて行ったのです。

親鸞聖人「ああ、何たることだ。オレは、体でこそ抱いてはいないが、心では抱き続けているではないか。あの女性のことばかりが心に浮かぶ。それなのに、オレほど戒律を守っている者はないと自惚れて、彼らを見下している。心の通りにやっている彼らの方が、よほど私より正直者ではなかろうか」

 ここで、仏教では我々の行いに三通りあると教えられることを確認したいと思います。

・身業
・口業
・意業

 この三つを「三業」と仏教で言われます。身業とは身体の行い。口業とは口でしゃべる行いです。意業とは心の行いで、心で思うことを言います。仏教ではこの三つの中で意業がもっとも重いと教えられます。なぜならば、身体や口の行いの元は心であり、心が命ずるままに身体は動くのであり、口はしゃべるからです。心で悪いことを思っているとすれば、身体も口も悪に汚染されるのです。

 親鸞聖人は戒律を守らねばならぬご修行中の身。身体や口、上辺は立派なように取り繕うことはできても、心ではどうか。平然と戒律を破り、人に言えないことばかり思い続けているわが身に聖人は驚かれたのです。親鸞聖人の後生ハッキリしたい、何とか明るくなりたい、の真面目さは聖人の眼を自己の心へと向けさせたのです。

親鸞聖人「彼らは昼間は女性のことを忘れていることもあるだろう。しかし親鸞は押さえよう、思わないようにしようとして押さえられず、無間のどん底から恐ろしい悪性が吹き上がってくる。オレは24時間休む間なしに犯し続けているではないか。そうであれば、心で悪を造り続けている親鸞の方が、平家の落武者よりもお粗末で、罪が重いではないか」

 見ザル、聞かザル、言わザルの三つのサルは制御できても、思わザル、だけはどうしようもなかった。

親鸞聖人「醜い心を抱えながら、上辺だけを取り繕って、仏の眼を欺こうとしているこの親鸞こそ、偽善者ではないか。ああ、この心、一体どうしたらよいのか!」

 力なく、林間を、大乗院に、上ってゆかれる聖人でした。(つづく)

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恋わずらいに苦しまれる親鸞聖人1

Posted on 16th 9月 2009 by はるき in 親鸞の苦悩

 京都東山の青蓮院にて、師匠の慈鎮和尚から大喝され、再び比叡山に戻られる途中、ふもとの赤山明神で、不思議な女性に会われました。

「親鸞さま。お願いでございます。どうか、いつの日か、すべての人の救われる、真実の仏教を明らかにしてくださいませ。親鸞さま、お願いでございます」

 女性の言葉は、聖人の肺腑をえぐり、その美しい面影とともに、聖人の心に刻みつけられたのです。

「あー、何という美しい女性か。この世にあんな女性(にょしょう)があったのか……。仏の化身か。はたまた魔性の女か……」

 女性のあまりの美しさに心奪われてしまった聖人でした。

 その頃、源平の合戦で敗れた平家の落ち武者たちは、平家一門は皆殺し、という厳しい源氏の追求を逃れるため、にわか坊主となって治外法権の比叡山に潜んでいました。源氏の目をごまかし、身を守るために坊主となった彼らと、親鸞聖人は一緒に修行されねばならなくなったのです。

 彼らは昼間こそ、殊勝そうにしていましたが、夜になるとかつての酒池肉林が忘れられず、山を抜け出しては、祇園や島原の遊女と、戯れていたのでした。夜が白々と明けてきた頃に山に戻って、修行のフリをするが、寝ずに遊んでいたので、居眠りばかり。このようにして山門の風紀が大変乱れていったのです。

 ある夜、にわか坊主たちの甲高い笑い声が聞こえてきます。

「おい、息抜きに行こうじゃないか」
「今日は、どこへ行く?」
「あのベッピンのいる店はどうじゃ」
「あそこは酒がまずくてアカン。もっとうまい所を知っとるぞ」
「あーあ、もう、どこか酒もうまくて女もいい所はないもんかいのー」
「そんなうまい話あるもんか」
「ウハハハハハ!」

 聖人それを横目で見られながら、

「ああ、何たることか。源氏の目をごまかせても、仏さまの目はごまかせないのだ。オレだけでも、仏さま相手に戒律を守り抜いて見せるぞ」と、ますます、教えの通りに身を浄め、真面目に修行なされたのです。

 聖人がある石仏に、合掌せられている時でした。その石仏の顔が赤山明神で出会った女性の顔に見えるではありませんか。そして女性の優しい声がします。

「親鸞さま、親鸞さま」

 激しく首を振って、邪念を振り払おうとされます。仏さまのことばかり考えねばならないのに、経典を読んでいても、文字の上に女性の顔が浮かんでくる。振り払おうとして、夜の道を駆け出していかれるが、まだ声が響いてきます。

「親鸞さま、親鸞さま」

 聖人は起きている時はもちろん、寝ては夢の中にまで、女性のことが忘れられず、恋わずらいに苦しまれるようになったのです。(つづく)

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