親鸞聖人のお歌の心を読み解くサイト

 「念仏」に三通りある!

Posted on 27th 1月 2010 by はるき in 親鸞の教え

 1月も、あっという間でした。

 ブログを書こう、と思った時に一番感じることは
月日がたつのは速い、ということばかり……。

 年末は帰省の準備やら雪かきやらで
一生懸命だったのですが、はや一カ月が
過ぎてしまいました。

 その間、親鸞聖人のお歌を学ぶ私にとって、
皆さんにも知っていただきたい、
ということがありましたので、少しお話しします。

 親鸞会のテレビ座談会というご縁にあい、
聞かせていただいたことなんです。

 親鸞聖人は「念仏に三通りある」
と教えておられる、ということです。

 まず、
親鸞聖人が教えられる「念仏」とは何でしょう?

 口で“南無阿弥陀仏”と称えることであり、
口声(くしょう)の念仏とも言われるそうです。

 それに三通りあるって、どういうこと?

 発音の仕方?アクセントの違い?称える場所で分かれる?
疑問は深まるばかり……。

 『歎異抄』には、“念仏”という言葉が20以上書かれて
いるそうです。

 『歎異抄』と言えば親鸞聖人、
親鸞聖人と言えば『歎異抄』と言われほど、
有名ですよね。

 高校の倫理道徳の授業でも『歎異抄』について
学んだ記憶があります。

 念仏に三通りあることが分からなければ、
歎異抄に書かれている“念仏”の意味が分からない。
だから「歎異抄の謎」は解けないのです!

 それは大変だ、知りたい!と思いました。

たとえば『歎異抄』第七章には

「念仏者は無碍の一道なり」

とあります。

 これは口で“南無阿弥陀仏”と称えている、
すべての人と思いますが、しかし、そうではないのです。

 物質的に同じ涙でも、“くやし涙”もあれば、
“悲し涙”、“うれし涙”もありますよね。

 くやし涙ならば青色、悲し涙ならば赤色、
うれし涙ならば黄色、ということはないです。

 涙が口から、いや鼻から出てくる、ということも
ありません。同じ色で、同じ眼から出てきます。

 では、くやし涙もうれし涙もまったく同じでしょうか。
いや違うものがある。それは心です。
心が違えば、涙の意味も違ってくるのではないでしょうか。

 ちょうどそのように、念仏を称えていても
心の違いで三通りある。三通りに分けて
教えられた方が親鸞聖人なのです。

 えーっ!?それ、ホント?念仏ってみんな
同じでないの?と目を丸くする人もあるのでは?
私も丸くなりましたもの。

 皆さんが念仏を称えるのは、
どんな時でしょう。

 夜中に墓場を通らねばならない時、
あまりにこわくて、思わず称えた経験はありませんか?

 十数年前、高校の部活の合宿で
肝だめしがありました。

 夜中に墓場(結構長い道)を一人で歩いて、
途中で先輩が現れて、1年生をビックリさせるのです。

 1年生の時もこわかったですが、先輩になって、
ずーっと墓場で一人、1年生を驚かすために待機しなければ
ならない時のほうが私はこわかったです……。
 その時、思わず知らず念仏を称えていました。

 魔除け心の念仏と言えるでしょうか。
恐怖から助かりたい、悪い結果が来るのを
恐れて称える念仏でしょう。

 称え心を最も重視なされた
親鸞聖人は念仏をどのように分けられた
のでしょうか。

 次の三通りであると
聞かせていただきました。

・万行随一(まんぎょうずいいち)の念仏
・万行超過(まんぎょうちょうか)の念仏
・自然法爾(じねんほうに)   の念仏

 さて、あなたはどの念仏を称えていますか?
と親鸞聖人は問いかけておられるのです。

 えーっ!?自分はどの念仏だろう?
三通りに分けられたその御心をお聞きしたい、
と思いました。

つづく

コメントは受け付けていません。