親鸞聖人のお歌の心を読み解くサイト

一人一人が親鸞聖人と同じ“世界の光”に

Posted on 19th 5月 2011 by はるき in 親鸞の教え

親鸞聖人750回忌の今年は
テレビや新聞、ネットや書店でも
いたるところに聖人のお名前を見聞きします。

まさに親鸞聖人ブームです。

親鸞聖人が世界の光と仰がれるのは
なぜか。

多くの人から尊敬されている親鸞聖人の
そのたくましさとはどこから出ているのか。

そのことについて、
親鸞聖人のお歌を通して学んでまいりました。

「往生浄土の先達は
 破戒堕落の僧として
 受けし恥辱も御冥加と
 信心為本とまもり在す」

僧としてはじめて、公然と肉食妻帯を
なされた親鸞聖人を、当時の仏教界、
権力者、世間中が非難しました。

しかし、世間の非難をものともされぬ、この
たくましさは、どこから来るのでしょうか。

「破戒堕落の僧として
 受けし恥辱も御冥加と」と歌われているように、

親鸞聖人(往生浄土の先達)は
あらゆる非難攻撃を、仏さまのご冥加(お陰)と
受けとめておられました。

「如来大悲の恩徳は
 身を粉にしても報ずべし
 師主知識の恩徳も
 骨を砕きても謝すべし」
         (親鸞聖人・恩徳讃)

後生の一大事を解決して、永久の闇から
救ってくだされた阿弥陀仏のご恩と

その阿弥陀仏の本願を親鸞まで伝えてくだされた
善知識方の大恩は、身を粉に、骨を砕いても足りない。

微塵の報謝もならぬ懈怠なわが身に、
寝ても覚めても泣かされる。

知恩・感恩、聖人の熱火の法悦は
何から救われたのか、が明らかにならねば
想像もできないのではないでしょうか。

難病を治してもらった医者に
命を助けられたご恩は大変大きい。

しかし、親鸞聖人のように死んでも
そのご恩に報いずにいられない、
という気持ちにはならないでしょう。

この世、何十年の命が救われた、ということも
大変ですが、それとは比べものにならない
ご恩を知らされられた親鸞聖人。

「まことに、仏恩の深重なるを念じて、
 人倫の哢言を恥じず」
       (親鸞聖人・『教行信証』)

阿弥陀仏から受けし広大無辺なご恩を思えば、
親鸞、世間大衆の非難攻撃などものの数ではない。

「帰命無量寿如来
 南無不可思議光

 ~

 道俗時衆共同心
 唯可信斯高僧説」
        (親鸞聖人・正信偈)

親鸞、弥陀に救われた、親鸞、弥陀に助けられた。
この世で、生きている時に、弥陀に救われた、
ということがあるんだ。

すべての人よ、早く親鸞と共に同じ心になってくれ。
無上の幸せになってもらいたい。
まったく阿弥陀仏のお力であるから、
全ての人が親鸞と同じ心になれるのだ!
全世界を照らす光に、一人一人がなれるんだよ。

この弥陀の救い一つを明らかにせんと、
公然と肉食妻帯をなされた、と拝さずにおれません。

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