親鸞聖人のお歌の心を読み解くサイト

親鸞聖人と法然上人の悲しい別れ

Posted on 17th 9月 2011 by はるき in 親鸞の御歌解説

9月も中頃となりましたが、
夏が舞い戻ってきたかのような
厳しい残暑が続いています。

親鸞聖人のお歌を続けて
学んでいきたいと思います。

「関白殿のはからいに
 遂に流罪と相定まり
 両聖人はあわれにも
 西と東にわかれけり」

権力者の弾圧は、法然上人、親鸞聖人にも
及びました。

親鸞聖人は、最初、死刑を宣告されましたが、
関白・九条兼実公の尽力によって、越後(新潟県)へ
流刑、となりました。

法然上人は、土佐(高知県)へ流罪となりました。
両聖人はあわれにも、西と東に、別れねばならなくなった
のです。

夜の吉水、法然上人のお部屋で、
号泣して別離を悲しまれる聖人の
お姿が……。

親鸞聖人
「お師匠さま。お師匠さま……。
 短い間ではございましたが、
 親鸞、多生の間にも、
 遇えぬ尊いご縁を頂きました。
 ありがとうございました……」

親鸞聖人は、肩を震わせ、額を畳に擦り付けて
泣き悲しまれます。

法然上人
「親鸞よ。そなたは越後か……。
 いずこに行こうと、ご縁のある方々に、
 弥陀の本願をお伝えしようぞ……。
 では達者でな……」

親鸞聖人はお師匠さま、法然上人をどれほど
尊敬されていたか。法然上人へのお気持ちを
次のように仰っています。

昿劫多生のあいだにも
出離の強縁知らざりき
本師源空いまさずは
このたび空しく過ぎなまし
(高僧和讃)

「苦しみの根元も、
 それを破る弥陀の誓願のあることも、
 果てしない遠い過去から知らなんだ。

 もし真の仏教の師に会えなかったら、
 人生の目的も、果たす道も知らぬまま、
 二度とないチャンスを失い、
 永遠に苦しんでいたにちがいない。

 親鸞、危ないところを法然(源空)上人に救われた」

続いて、歎異抄には

たとい法然聖人にすかされまいらせて、
念仏して地獄に堕ちたりとも、
さらに後悔すべからず候。
(歎異抄)

「たとえ法然上人に騙されて、
 念仏して地獄に堕ちても、
 親鸞なんの後悔もないのだ」

法然上人になら、だまされて地獄に堕ちても満足だ、
とまで仰っておられます。

私たちたちは、だまさないからその人を
信ずるのであって、
だます人を信じることはできません。

常識では考えられない信じ方であり、
親鸞聖人のこの御心は
弥陀に救われねば、
うかがい知れないと拝察します。

そんな法然上人との別れは、
親鸞聖人にとって、悲嘆の極みであったに違いありません。

親鸞聖人
「はい、お師匠さま……。
 お師匠さまは南国・土佐へ……。
 遠く離れて西・東。
 生きて再びお会いすることができましょうか。
 覚悟していたことではございますが、
 あまりにも……、あまりにも、
 早すぎます……。
 お師匠さまあー!!」

もっと法然上人から弥陀の本願をお聞きしたい、
もっともっと、おそばで教えていただきたい……。

その親鸞聖人の切なる願いがかなうことは
二度とありませんでした……。

つづく

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