親鸞聖人のお歌の心を読み解くサイト

親鸞聖人のお歌に学ぶ流罪の地での親鸞聖人のご布教

Posted on 26th 1月 2012 by はるき in 親鸞の布教

全国各地を寒波が押し寄せ、
雪での事故が相次いでいるそうです。

余裕をもった行動を心がけて、
車の運転は慎重にしたいと思います。

さて、今年も親鸞聖人のお歌を学んでいきたいと思います。

流罪の身をば 方便と
都に散りし 法の花
厳寒深雪の 越後路に
御法の春をぞ 迎いける

この親鸞聖人のお歌の大意は、

「越後流刑になったのも、かの地の人々に仏法を広めよ、
との阿弥陀仏のご方便」と受け止められ、
都を追放された親鸞聖人は、寒さ厳しく雪深い新潟の地で、
阿弥陀仏の本願を説き続けられました。
すると各地に法の花が咲き、越後は仏法の春を迎えたのです。

新潟県上越市が、親鸞聖人流罪の地でした。
流罪の地に立たれた親鸞聖人のご心中は
いかなるものだったのでしょうか。

御伝鈔に書かれています。

「そもそもまた大師聖人もし流刑に処せられたまわずば、
我また配所に赴かんや。もしわれ配所に赴かずんば、
何によりてか辺鄙の郡類を化せん。是れなお師教の恩致なり」

もし恩師・法然上人が流刑に遭われなかったならば、
親鸞もまた流罪になってこの地に来ることはなかった。

ここに来ることがなければ、どうして越後の皆さんに
阿弥陀仏の本願をお伝えすることができたであろうか。

これこそ、越後の人々に、本願をお伝えせよとの、
阿弥陀如来のご方便であり、法然上人より賜った勝縁である、

と親鸞聖人は喜ばれ、ひたすら布教に突き進まれるのでありました。

しかし、親鸞聖人のお立場は、”罪人”でありました。
越後の村人たちが、すぐに耳を傾けたとは思われません。
ところが、親鸞聖人は雪の中、次のように歌われています。

「この里に 親をなくした 子はなきか
 み法の風に なびく人なし」

“この越後にも、親鸞と同じように、
親と死に別れた人もあるだろうに。

聞き難い真実だなあ。
どうして親鸞は聞けたのか”と

流刑の苦難も、布教のご苦労も、
すべて喜びと転じ変わっておられるのです。

そして、一人また一人、
親鸞聖人のまかれた法の種によって真実求める人が増え、
越後はやがて、仏法の春が到来したのです。

寒さ厳しい日々の中で、
私たちもたゆまず真実の種を蒔き、
一人一人の胸に遇法、聞法の喜びの春を迎えられるよう、
精進したいと思います。

(つづく)

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