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親鸞聖人の壮絶な修行

Posted on 13th 7月 2009 by はるき in 親鸞の生涯, 親鸞の苦悩

親鸞会でお話を聞いたところによると、比叡山には今日でも、千日回峰行なる荒行があるそうです。
開山以来千数百年、この修行を完遂した者はわずかという、命懸けの修行です。

千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)とは、真夜中の2時に起きて、山上山下の行者道30キロを歩き、堂塔伽藍や山王七社、霊石、霊水など350ヵ所で所定の修行をする荒行です。

5年目には9日間、堂にこもって断食、不眠、不臥という「堂入り」があり、疲労も限界にくると、聴覚が異常に研ぎ澄まされ、線香の灰が落ちる音さえ、「ドサッ」と聞こえると言います。さらに801日目から100日間は、「大回り」を行います。これは山を下りて京都の修学院から一乗寺、平安神宮、祇園と一日80ロを17、8時間で回る苦行です。

親鸞聖人は、その回峰行をしのぐ大曼の難行まで成し遂げられましたが、煩悩は減りもしなければ、なくなりもしなかったとおっしゃっています。
「ああ、いかに厳しい行に打ち込んでも、心の中には欲望が渦巻き、怒りの炎が燃え盛り、ねたみ、そねみが、とぐろを巻いている。どうすれば」
苦悶する親鸞聖人でありました。

親鸞聖人は、学問にも没頭されました。
10歳の時から、天台四教儀、三大部などを学習され、12歳から倶舎、唯識、16歳から華厳……。
ですが、片時も親鸞聖人の心から離れないのは生死の一大事。

「学問によって、なるほど文字もわかり、もつれていた疑問も氷解してゆくが、どうしても解けぬのは、生死の大問題。この一大事、いかにすればいいのか……」

親鸞聖人の苦悶はますます深まるばかりでありました。

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