親鸞聖人のお歌の心を読み解くサイト

聖人の苦悩

Posted on 18th 11月 2009 by はるき in 未分類, 親鸞の苦悩

 急に冷え込んできましたね。こんな季節にはあったかーい、鍋料理がいいですね……。

 さっそく前回の続きをお話しします。

 親鸞聖人は9才の時に、死ねばどうなる、の後生暗い心の解決のために比叡山・天台宗の僧侶となられました。

 天台宗は、釈尊の説かれた法華経の教えに従い、戒律を守り、煩悩と闘ってさとりを得ようとする教えです。

 その修行は峻烈を極め、聖人のまさに命を懸けての難行が始まったのです。

 その時のことが「親鸞聖人のお歌」では次のように歌われています。

大曼行(だいまんぎょう)の 難行(なんぎょう)は
事(こと)なく成(な)され 給(たま)いしも
吾等凡夫(われらぼんぶ)の さとりには
叶(かな)わぬものと 百日(ひゃくにち)の

 修行に打ち込まれるほど、逆巻く煩悩が知らされ、苦しまれる聖人。

親鸞聖人「人間は、煩悩に汚れ、悪しか造れない。
     だから後生は地獄と釈尊は仰有る。私の心の中にも、
     欲望が渦巻き、怒りの炎が燃え盛り、
     ネタミ・ソネミの心がとぐろを巻いている。どうすれば、
     この煩悩の火を消し、後生の一大事を、
     解決することができるのか。どうすれば……!」

 難行苦行に打ち込まれ、叡山の麒麟児と誰もが褒めたたえるほどの聖人でしたが、後生暗い心の解決はならなかったのです。

 そして前回、前々回とお話ししましたように、恋わずらいに悩まれ、平家の落ち武者たちにスッパ抜かれた自らの醜い心にますます苦しまれたのです。

 またその頃、こんなことがありました。

 上辺は取り繕うことができても、心で作る悪だけはどうにもならぬと苦悶され、修行されていた堂を飛び出される。そして庭の木に駆け寄り、頭をガンガンと打ち付けて、そのまま、根元にうずくまってしまわれた。覚明房が帰ってきて、聖人の様子に驚き、駆け寄り尋ねました。

覚明  「親鸞殿、どうなされた?」

親鸞聖人「ああ、覚明殿か。この親鸞ほど、浅ましい者はない」

覚明  「何を言われる。親鸞殿ほど、仏道一筋の方は外にあるでしょうか」

親鸞聖人「覚明殿。それは、形だけのことだ。心は、醜いことばかり思い続けている、
     それが親鸞の実体なのだ」

 横にあった杖を取り、差し出されて、

親鸞聖人「そなたに、頼みがある」

覚明  「私のできることなら、何なりと」

親鸞聖人「この杖で、親鸞の腐った性根を、思い切り叩き直してくれないか」

覚明  「な、何を言われる、親鸞殿」

親鸞聖人「煩悩に汚れ切ったこの親鸞を、打って、打って、打ちのめしてくれ。
     頼む覚明殿。もう親鸞は一歩も進めないのだ」

覚明  「それは、できません」

親鸞聖人「頼む、覚明殿、打ってくれ!」

覚明房、一、二歩下がって、平伏し、

覚明「ひたすら自己に厳しく修行なさる親鸞殿を慕って、お側で修行がしたいと
   参った私に、どうして、親鸞殿を打つことができましょうか。
   それだけは、お許しください」

親鸞聖人「覚明殿……。だめか……」

 煩悩から生まれたこの親鸞に、煩悩から離れることができるのか。天台法華の教えに絶望なされ、聖人はやがて下山の決意をなされるのでした。つづく

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